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東京地方裁判所 平成元年(ワ)3583号 判決

主文

一  本訴被告(反訴原告)極東船舶株式会社は、本訴原告(反訴被告)に対し、金一〇億一五一三万六七九三円及びこれに対する平成元年四月九日から支払済まで年六分の割合による金員(金一〇億一五一三万六七九三円及びこれに対する平成元年四月一二日から支払済まで年六分の割合による金員については本訴被告勝川泰介と連帯して)を、本訴被告勝川泰介は、本訴原告(反訴被告)に対し、本訴被告(反訴原告)極東船舶株式会社と連帯して金一〇億一五一三万六七九三円及びこれに対する平成元年四月一二日から支払済まで年六分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  本訴原告(反訴被告)のその余の本訴請求及び本訴被告(反訴原告)極東船舶株式会社の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、本訴被告(反訴原告)極東船舶株式会社及び本訴被告勝川泰介の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  本訴事件

一(当事者)

原告がニチメンの子会社であるパナマ共和国法人であること及び被告会社が船舶保有等を行う日本法人であることは当事者間に争いがない。

二(本件各契約及び保証)

本件基本契約、本件造船契約、本件裸用船契約、本件附帯契約及び本件包括譲渡契約に関し、原告主張の表題を有する書面による契約が各関係当事者間において締結されたこと、原告の主張する契約内容が右各契約の主たる内容であつたこと、被告らが原告に対し、昭和五九年三月二四日、それぞれ、「レター・オブ・グアランティー」との表題を有する書面(本件保証状)を交付し、右書面には、被告らが本件裸用船契約上のセレステの原告に対するすべての債務につき保証する旨の文言があること、以上の各事実は当事者間に争いがない。

右当事者間に争いがない事実及び《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1(本件基本契約)

ニチメンと被告会社との間で締結された本件基本契約には、次のような定めがある。

(一)  本件船舶の造船契約の内容は、本件基本契約に定める基本的条件の他、ニチメンの承諾を条件として、石川島播磨と被告会社との間で交渉され合意される。

(二)  ニチメン及び被告会社は、それぞれ、原告及びセレステをして、原告とセレステとの間に一〇年間の買取条件付裸用船契約を締結させる。

(三)  セレステは、セレステの原告に対する用船料等の債務を担保するため、次の担保を提供する。

<1>  被告会社、被告勝川外三名の連帯保証

<2>セレステが昭和海運から支払を受けるべき用船料等につきセレステから原告に対する包括譲渡契約

(四)  被告会社は、セレステをして、本件船舶について、<1>ドルフィンに用船に出し、<2>ドルフィンから被告会社に定期用船に出し、<3>被告会社からセレステに定期用船に出し、<4>セレステは昭和海運に定期用船に出して、本件船舶を使用させることとする。

(五)  セレステは、本件船舶の引渡日の六か月前までに、セレステと昭和海運との間で、裸用船契約と同一期間で、用船料を三年目までは最低六五〇〇ドルとするものとして、本件定期用船契約を締結する。

2(本件造船契約)

原告と石川島播磨との間で締結された本件造船契約により、本件船舶の建造代金は三〇億七〇〇〇万円、支払時期は昭和五九年四月二七日に一億円、起工時に六億円、進水時に六億円及び引渡時に一七億七〇〇〇万円とし、引渡期日を昭和六一年三月三一日とすることが約された。

3(本件裸用船契約及び本件附帯契約)

(一)  原告とセレステとの間で締結された本件裸用船契約は、用船期間終了後又は右以前において、セレステが原告から本件船舶を買い取ることを目的とするものであり、本件裸用船契約には、次の定めがある。

<1>(用船期間)

一〇年

<2>(用船料)

用船料元本三二億二三九〇万円(建造代金三〇億七〇〇〇万円及び融資手数料一億五三九〇円)

<3>(金利)

用船料元本の未払い分につき、セレステの選択に従い、一か月、二か月、三か月又は六か月間を金利期間として、ライボールに年利一パーセントを上乗せした利率

<4>(支払日)

用船料については本件船舶引渡日の三三か月後から四半期ごとに計三〇回の分割払い、最終支払は一〇年後の引渡応答日とする。金利についてはセレステが選択した各金利期間の満了日に支払う。

<5>(再用船義務)

本件船舶は、セレステからドルフィンに裸用船に出され、ドルフィンから被告会社に定期用船に出され、被告会社から再度セレステに定期用船に出され、さらに本件船舶引渡日から六か月以内にセレステと昭和海運とが期間一〇年の定期用船契約(本件定期用船契約)を締結する。

<6>(定期用船)

セレステは、本件船舶の引渡日の六か月前までに、本件裸用船契約と同一期間、用船料を最初の三年間は一日当たり最低六五〇〇ドル、四年目ないし六年目は最低九〇〇〇ドル、七年目ないし一〇年目は最低一万ドルとなることを予定するものとして、本件定期用契約を締結することを昭和海運との間で合意したことを確認する。

<7>(買取り選択権)

セレステは、期間中いつでも事前の通知を行うことにより本件裸用船契約を解除し、本件船舶を買い取る権利を有する。

<8>(解除)

原告は、セレステが本件裸用船契約上の義務等を怠つたときなど解除事由が発生した場合は本件裸用船契約を解除できる。

(二)(本件附帯契約)

原告とセレステとの間で締結された本件附帯契約により、セレステは、原告に対し、本件造船契約に基づき原告が石川島播磨に対して本件船舶の引渡日までに支払う建造代金の金利(引渡前利息)について、右建造代金の各支払日からセレステの選択するところに従い、一か月、二か月、三か月、六か月又は一二か月を金利期間として、本件裸用船契約と同一の利率(ライボールに年利一パーセント上乗せした利率)によつて、各金利期間ごとに複利計算した金利を、原告に対し、本件船舶の引渡時に支払うことを約した。

4(本件包括譲渡契約及び譲渡通知)

(一)  原告とセレステとの間で締結された本件包括譲渡契約により、セレステは、本件船舶に関して将来取得する用船料債権等をセレステの裸用船契約上の債務の担保として原告に譲渡することを約した。

(二)  セレステは、昭和五九年三月二四日、昭和海運に対し、本件包括譲渡契約に基づき、右用船料債権等について書面による債権譲渡通知を行い、昭和海運は、同月二六日、原告に対し、右債権譲渡を異議なく承諾した。

5(保証)

被告らは、昭和五九年三月二四日、原告に対し、本件保証状をもつて、本件裸用船契約及び本件附帯契約により生ずるセレステの原告に対する一切の債務について、それぞれ連帯して保証する旨を約した。

三(事実経過)

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1(本件取引に至る経過)

(一)  被告勝川は、昭和五七年秋ころ、石川島播磨から、当時の海運不況を受けた新造船の受注減少に伴つて新船の建造価格が低下しているので、新船建造のチャンスであると船舶建造を勧められた。被告勝川は、これに乗り気になり、他会社との合弁形式で新船を建造、所有することが望ましいと考え、徳同商船株式会社(徳同商船)の社長である(名前略)(英語名はジェームス・チェ)に話を持ちかけて同意を得た。そして、被告勝川は、同年一二月一七日、石川島播磨の担当者及びチェとの間で協議し、徳同商船との合弁で貨物船二隻を新造することを決めた。右二隻は三万七〇〇〇重量トン型のバラ積み貨物船で、昭和五八年一二月及び昭和六〇年三月にそれぞれ引き渡される予定のものであつた(以下、右二隻の船舶を建造予定順に、それぞれ、「第一船」、「第二船」という。)。

(二)  ところが、翌昭和五八年始めころ、三光汽船が造船各社に大量の新造船発注を行つたという情報が流れて大量建造ブームが起こり、徳同商船は、被告会社に対し、徳同商船は独自に新造船を発注するので被告会社との合併はしないと申し出てきた。

そこで、被告会社は、新たにデルガード・ブラザース・インク(デルガード)と合弁を組み、昭和五八年三月四日、石川島播磨との間でフューチャー三二型の新造船を第一船として建造し、その建造代金は三井リースから融資を受けることを決めた。そして、船舶融資が行われる場合には、融資元は有力会社が定期用船契約を行う旨の裏付けを求められるのが通常であることから、被告会社は、同月三〇日ころ、三井リースに対し、昭和海運が第一船の用船を行う予定である旨を記載した書面を提示して定期用船を行う予定である旨を申し出た。三井リースは、昭和海運が用船を約束しているのであれば問題ないとして、被告会社に対して融資を行う旨承諾した。

なお、右書面は、昭和海運から被告会社に対し、第一船について、最終的な用船料等については交渉の余地があるとするものの、最初の三年間の用船料は最低六五〇〇ドルから最高八〇〇〇ドルの範囲とし、期間を一〇年間として、昭和海運が用船を行うことを確認するとの内容であつた。そして、右当時、船舶融資の条件となる用船に関しては、右のような形式の書面によつて用船の約束が行われることが多く、三井リースもこれに倣つたものであつた。

(三)  一方、チェは、そのころ、ニチメンの東京船舶部課長であつた丸山浩に対して被告会社の新造船に融資しないかと勧め、また、被告会社に対してもニチメンは非常にサービスが良いので第二船についてはニチメンに融資を依頼してはどうかと勧めた。そして、ニチメンの丸山及び担当課員水野は、その後、被告会社を訪れて、「徳同商船のジミーから船舶を新造することを聞いたが、どういう内容のものか。」と尋ねたところ、被告勝川は、被告会社はばら積船二隻を石川島播磨で建造するつもりであり、そのうち第一船は三井リースからの融資で建造する予定であるとして関係書類を示し、また、第二船についても三井リースから融資を受けることを考えているなどの説明をした。そこで、丸山らは、被告勝川に対し、第二船(本件船舶)についての融資をニチメンから受けることを検討してもらいたい旨述べた。

被告勝川は、その際、第一船の用船については昭和海運からの前記のような形式の書面によつて三井リースの承諾をとつている旨の説明をするとともに、本件船舶についても昭和海運が用船者となることが予定されている旨話したところ、丸山は、本件船舶についての昭和海運の用船についても、第一船の場合と同様の形式の書面で約束してもらえば足りると述べた。

2(ニチメンとの交渉経過等)

(一)  ニチメンは、その後、被告会社から、本件船舶についての取引条件等を示され、被告会社との間で、右融資の条件等についての交渉を始めた。

一般に、船舶融資は、船舶に抵当権を設定するか又は船舶の所有権を留保して船舶そのものを担保に取り、同時に、当該船舶を利用して得られる定期用船料債権や船舶保険金債権の債権譲渡を受け、また、親会社の保証を取つておくなどして、融資金を回収するための保全措置を整えて行われるものであるところ、被告会社は、当初、本件船舶についても第一船と同様の抵当権設定方式で融資を得ようと考えていた。しかし、ニチメンは、所有権留保方式による場合は、船舶の占有を回復しやすく、また、船舶先取特権にも優先できる場合があることなどから、被告会社に対し、本件融資を買取条件付きの所有権留保方式で行うことを主張した。

そこで、被告会社はニチメンとの間で交渉し、結局、昭和五八年夏ころ、本件融資は、ニチメンのパナマにある子会社(原告)を通じて所有権留保方式の買取条件付裸用船契約方式によつて行うこととなつた。なお、ニチメンが原告を本件融資の当事者としたのは、被告会社から本件船舶をパナマ船籍にしたいとの希望があつたため、便宜上パナマにある子会社の原告を本件船舶の所有者とすることにしたためである(以下、ニチメン及び原告を、「ニチメン側」という。)。

(二)  被告会社は、本件船舶についての昭和海運からの本件用船を約束する書面をニチメン側に提示するため、平成元年一月二〇日ころ、昭和海運から、被告会社に対する「IHIフューチャー32A型バラ積貨物船の件」との表題を有する書面(本件書類)を取り付けて、これをニチメン側に提示した。本件書面は、昭和海運が被告会社に対し、昭和海運が本件船舶を昭和六一年三月から一〇年間用船すること及び最初の三年間は最低六五〇〇ドルの用船料を支払うことなどを意図している旨を確認するとの内容のものであつた。

ニチメンは昭和海運の本件用船については、当時、一般的に行われていた方法のとおり、船舶が建造されることが確実になるまでは右のような形式の本件書面で用船確認を受ければ足りるものとしており、船舶が建造されることが確定した段階で、その引渡しの六か月前までに正式な用船契約(チャーター・パーティ)を締結することとしていた。

(三)  そして、ニチメンは、昭和五八年末ころから本件融資について社内稟議にかけ、これを実行することを決定した。右決定の際に重要とされた要件は、本件融資を所有権留保形式で行うこと、昭和海運による本件用船が行われ、右昭和海運からの用船料の債権譲渡を受けることにより融資金回収の担保とすること、船舶保険の保険金受領人になること、被告会社及び被告勝川個人等の保証を受けることであつた。

3(本件取引及びその後の経過)

(一)  ニチメン側は、石川島播磨に対し、本件造船契約に従つて、契約時である昭和五九年四月二七日に第一回目の建造代金の内金である一億円を支払つた。

ところが、昭和六〇年八月ころ、大手海運業者であつた三光汽船の倒産により海運業界が不況となり、昭和海運が被告会社に対して本件船舶の用船の開始時期を延ばしたいとの意向を示し、これを受けた被告会社が石川島播磨に本件船舶の起工を順延するように申し出たため、当初の予定どおりに本件船舶の起工が行われないこととなつた。ニチメン側は、本件船舶の納期を半年順延して同年九月三〇日にしてもらいたい旨の被告会社の申出に同意したが、その際、被告会社に対し、本件船舶の起工が順延するのであれば石川島播磨に対する代金支払時期も順延すること、本件用船の開始時期が遅れることになつても用船期間を一〇年間とすること及び三年間は最低六五〇〇ドルの用船料とすることとの当初の約束については変更しないことなどの条件を付した。

そして、原告と石川島播磨は、同年一二月一六日ころ、本件船舶の納期を同年九月三〇日とすることを合意した。

(二)  被告勝川は、そのころ、石川島播磨との間で、本件船舶の造船価格の引き下げの交渉を行い、昭和六一年一月ころ、造船価格を約一割引きの二七億五〇〇〇万円とすることに成功し、昭和六一年一月六日ころ、ニチメンに対し、本件船舶の納期を順延すること、船価は二七億円に引き下げること、右のうち六億円については三年間無利子とすること、昭和海運の用船は一年間は用船料三五〇〇ドルで行うことなどの内容を通知した。

これに対し、ニチメン側は、仮に船舶価格が下がつたとしても、融資金に見合う十分な用船料収入を得られないのであれば、船舶が建造されても損失を生じ続けるばかりのものとなることから、建造価格の引下げよりも当初の金額の用船料での用船が行われることが最重要であるとして、被告勝川に対し、同月八日ころ、本件用船が一年間は用船料三五〇〇ドルで行われるとしても、二年目からは当初の契約どおりの用船料で行うことを確認することを求めた。しかし、被告勝川は、昭和海運の用船については、一年間はとりあえず前記の三五〇〇ドルの用船料で用船をとるが、二年目以降はその額も確実ではないとの返答をした。

(三)  ニチメン側は、同年二月七日、昭和海運に対し、右被告勝川からの話の内容を確認するために書状を送つたが、昭和海運からは何らの返答もなかつたところ、ニチメンは、被告勝川から同月二五日付けの書状を受け取つた。被告勝川からの右書状は、ニチメン側が昭和海運に送付した前記昭和六一年二月七日付けの書状によつて、昭和海運の松山取締役らがニチメン側から非難されたとして、被告会社に対し、脅迫まがいの言動を行つて、被告勝川に、「昭和海運が用船をとらないのは昭和海運の責任ではないことを被告勝川が確認する。」という内容の書面に署名させたというものであつた。

ニチメンは、右書状は昭和海運や被告会社及び被告勝川が本件用船を行わないことについて責任を免れようとするものであると考えて、同年三月三日ころ、再び昭和海運に対して書状を送付し、本件用船を行うことを確認しようとしたが、昭和海運からは返答がなかつた。

(四)  ニチメン側は、本件融資を実行するに当たつては昭和海運による本件用船が行われることが用船料を確保するための重要な要件であつたことから、右のような昭和海運及び被告らの対応を受けて、これ以上本件取引を継続することはできないと判断した。そして、原告は、昭和六一年三月一九日付け書面により、セレステ並びに保証人である被告勝川及び被告会社に対し、本件裸用船契約を解約する旨を申し入れた。

被告らは、原告からの右解約の申入れに対して何らの返答も行わず、昭和海運が、同年五月八日ころ、「造船業界の劇的な変化のために本件船舶の用船を行わないことを決定した。それについては被告会社に通知済みである。また、仮に本件書面によつて昭和海運が本件船舶を用船するとの承認が行われたものとしても、これは双方の合意により解除されている。よつて、ニチメン側がセレステとの融資契約を解除しても昭和海運には全く関わりがない。」という内容の書面を送付してきたのみであつた。

(五)  ニチメン側は、そのころ、石川島播磨に対し、本件取引がうまくいかなくなつたので本件船舶の製造を中止してほしいとの要請をした。しかし、石川島播磨はこれに応じなかつた。

そのため、ニチメン側は、本件船舶完成後にこれを取得し、他へ転売して出捐金を回収した方が全体としては損害が少なくなるものと判断し、まず、石川島播磨との間で建造代金の引き下げの交渉を行つた。石川島播磨は、建造代金は実質二一億五〇〇〇万円とするが対外的な関係では二四億五〇〇〇万円としてもらいたいと要望したため、昭和六一年一二月九日ころ、石川島播磨と原告との間で、差額三億円についてはリベートの形で原告へ返還するとの合意をした。

また、ニチメンは、昭和六一年秋ころから、本件船舶の転売先としてメキシコの船会社であるトランスポルタシオン・マリティーマ・メヒカーナ(TMM)と交渉を始め、TMMの子会社であるRLストリーマーに対して本件船舶を売却する旨合意した。そして、ニチメン側は、前記代金を石川島播磨に支払つて本件船舶を取得した上、昭和六二年一月二三日、RLストリーマーに対し、本件船舶を代金一〇〇〇万米ドル(当時の為替レートで一五億〇二一〇万円相当)で売却した。

四(セレステの債務不履行の有無)

1  前記一ないし三の事実によれば、本件船舶については本件書面の内容に従つた昭和海運による本件用船が行われることが予定されており、昭和海運は被告会社に対して本件用船を行う旨の約束をしていたこと、本件用船が確保されて用船料収入が見込まれることにより融資金の返済が確保されることは本件融資を実行する重要な要件であつたこと、被告会社は本件基本契約上ニチメンに対してセレステをして昭和海運からの右用船を実行させるべき義務を負つていること、セレステは本件裸用船契約上原告に対して昭和海運との間で本件定期用船契約を締結することを合意したことを確認していたこと、それにもかかわらずセレステは昭和海運による用船を実行しなかつたこと、昭和海運が右用船を実行しないとしたことについては、被告会社及びセレステの当時の代表取締役である被告勝川が了承していたものであること、以上の各事実が認められる。

そうすると、セレステには本件裸用船契約上、原告に対する債務不履行があつたものというべきである。

2  もつとも、被告らは、本件書面はいわゆるレター・オブ・インテント、すなわち、付随条件について交渉した上で合意に達することを意図するとの意思の表明に過ぎず、昭和海運は本件書面の文言によつて本件用船を行うべき法的拘束を受けるものではないから、本件用船が行われなかつたとしてもセレステに債務不履行が生じるものではなく、また、そもそも、ニチメンは本件融資に積極的であり、本件用船が実現してもしなくても本件融資を実行するつもりだつたのであり、昭和海運の本件用船が本件融資の前提条件となつていたものではないと反論するとともに、抗弁として、当時の海運不況下にあつて、被告らが建造価格の引下げ等の努力をしたにもかかわらず、ニチメン側が当初の本件用船の用船料に固執したことは権利の濫用であると主張する。

しかしながら、前記のとおり、船舶融資が行われる場合には、通常、融資元は融資金の回収を担保するため、建造する船舶についての定期用船料を確保するものであり、そのために融資を受ける側は有力な船会社の定期用船を確保しておくことが融資を受ける際の重要な要素となるのが一般である。そして、前記認定の事実に照らせば、本件取引においても、被告会社はこのことを承知していたからこそ、昭和海運に本件用船を行うことを本件書面によつて確認させた上、これをニチメンに示して本件融資の交渉に入つたのであり、また、三井リースから第一船の船舶融資を受けるに当たつても、被告会社は本件書面と同様の形式による書面によつて用船を確認させて三井リースの了解を得たものであることが認められる。

船舶融資がこのように定期用船が行われることを確認した上で行われるものであるとすれば、昭和海運が、本件用船について、最終的な用船料率その外の条件については協議により定めることとするものの、用船期間及び最初の三年間の用船料の最低値及び最高値について記載した上、「(本件船舶を昭和海運の)運行船団に加えることを意図していることを確認する。」とした本件書面が、何らの法的拘束力もなく、いつでも自由に撤回可能なものであると解することはできないというべきである。そして、前記認定の事実及び船舶融資における定期用船を確保することの重要性が右のとおりであることに照らせば、ニチメンは、本件書面によつて昭和海運が本件用船を行う旨を確認して本件融資を実行することとし、本件裸用船契約によつて融資先であるセレステにも本件用船が行われることを確認させて、これらにより用船料収入を得て融資金の回収が確保されることを確認して本件取引を行つたものというべきであり、ニチメンが本件用船が行われると否とにかかわらず本件融資を行うこととして積極的に本件取引を進めたものであり、本件書面には何らの法的拘束力もないという被告らの前記主張を採用することはできない。

また、前記認定事実及び《証拠略》によれば、被告らが建造価格の引下げ等の努力をしたことはうかがわれるけれども、船舶融資における用船料収入の重要性が前記のようなものであることに照らし、ニチメン側が当初定めた本件用船の用船料の変更に消極的であつたことをもつて、信義則違反又は権利の濫用であるとまではいうことができない。

五(原告の損害)

そうすると、セレステには本件裸用船契約上、原告に対する債務不履行があり、セレステの原告に対する債務の連帯保証人である被告らには、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。そして、本件裸用船契約及び本件附帯契約の内容は前記二のとおりであり、本件船舶の建造代金が二一億五〇〇〇万円とされたこと及び転売代金が一〇〇〇万ドル(当時の為替レートで一五億〇二一〇万円相当)であつたことは前記三のとおりであるところ、右各契約及び《証拠略》によれば、原告に生じた損害は以下のとおりであることが認められる。

1(転売差益)六億四七九〇万円

本件船舶の建造代金は実質二一億五〇〇〇万円であり、その転売代金は一〇〇〇万ドル(一五億〇二一〇万円)であつたから、原告は、その差額六億四七九〇万円の損害を受けた。

2(得べかりし利益)

(一)(融資手数料)一億五三九〇万円

セレステは、原告に対し、本件裸用船契約に基づき、融資手数料一億五三九〇万円を支払うこととなつており、右一億五三九〇万円は原告の得べかりし利益となる。

(二)(用船料に対する金利収益)一億九一五八万二七九三円

セレステは、原告に対し、本件裸用船契約に基づき、ライボールに年率一パーセントを上乗せした利率により、用船料元本三二億二三九〇万円に対する用船料金利分を支払うこととなつており、原告は、少なくとも、別紙金利計算目録のとおり、ライボール分を除いた一パーセントの利率による未払用船料に対する金利収益予定額から中間利息を控除した一億九一五八万二七九三円相当額の得べかりし利益につき損害を受けた。

(三)(引渡前の金利収益)二一七五万四〇〇〇円

前記のとおり、原告は、昭和五九年四月二七日、石川島播磨に対し、本件造船契約に基づき建造代金のうち一億円を支払つたところ、原告は、セレステに対し、本件附帯契約に基づいて右一億円について石川島播磨への支払日から本件船舶引渡時までの本件裸用船契約におけると同一の割合の金利(引渡前利息)の支払を受けることとなつていた。そして、《証拠略》によれば、本件附帯契約に基づいて定めた金利期間及び利率により計算した右一億円に対する引渡日である昭和六二年一月二三日までの利息は計二一七五万四〇〇六円となることが認められる。したがつて、原告の主張する二一七五万四〇〇〇円は原告の得べかりし利息となる。

3 以上により、原告は、合計一〇億一五一三万六七九三円を下らない損害を受けたことが認められる。そして、債務不履行による損害賠償請求権は、期限の定めのない債権として成立し、催告によつて遅滞となると考えるべきである。

よつて、被告会社及び同勝川は、原告に対し、保証債務の履行として、連帯して一〇億一五一三万六七九三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな、被告会社については平成元年四月九日から、被告勝川については同月一二日から、各支払済まで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第二  反訴事件

被告会社は、昭和六〇年九月四日、原告から石川島播磨に対する本件船舶の建造工程の操延べ及び船価引下げの交渉を行うことの依頼を受けたと主張し、その報酬を請求する。そして、被告会社が石川島播磨との間で本件船舶の建造工程の操延べ及び建造価格の引下げについて交渉を行つたことが認められるのは前記のとおりである。

しかし、建造工程の操延べは、被告会社が昭和海運から本件用船の開始時期の順延の申出を受けたため、被告会社の判断で建造工程を延ばすこととしたもので、ニチメン側にはその後に同意を得たものであつて、ニチメン側から被告会社に工程操延べを依頼したものではない。また、建造価格の引下げもニチメンの意向を受けて行つたものではなく、かえつて、被告勝川は、ニチメンから、「当初の用船料で定期用船を取り付けてもらえれば良いのであり、建造価格の引き下げなどは不要である。」などと言われたというのである。

そうであれば、被告会社の行つた建造工程操延べ及び船価引下げの交渉は、原告とは無関係に行われたものというべきであつて、右交渉により原告が利益を得たとして、商法五一二条に基づく報酬を請求する被告会社の反訴請求は理由がない。

第三  結論

よつて、本訴請求は、被告らに対し、連帯して金一〇億一五一三万六七九三円及びこれに対する被告会社については平成元年四月九日から、被告勝川については同月一二日から、各支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うよう求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の本訴請求(遅延損害金の一部)及び反訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条但書及び九三条を、仮執行宣言につき、同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮崎公男 裁判官 井上哲男 裁判官 河合覚子)

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